『私が棄てた女』

日本映画
画像はイメージ

浦山桐郎、満を持しての会心作!「みっちゃん」に心惹かれる

 1969年日活 監督 浦山桐郎
 「将来の出世を約束されている吉岡努(河原崎長一郎)は、ある夜抱いたクラブの女からミツ(小林トシエ)の噂を聞いて愕然とした。ミツは努が学生時代に遊び相手として見つけた田舎出の女工だった。努はミツの身体を楽しむだけ楽しんだ上、海岸におきざりにして逃げていたのだった…」(日活HP)
 監督生活23年で劇映画の監督作品は9本と寡作な浦山桐郎、終末期日活での最後の作品。その前の『非行少女』からは6年後の公開となった。
 「戦後の繁栄をもたらすために、日本人はあえて何かを棄て去ってきたのではないか。その何かを私自身が探らねばならぬと考えて企画した」桐山であったが「1965年春シナリオが出来、初夏から撮影に入ろうとした時、会社都合で中止。68年春再びチャンスが来て、撮影に入ったが、6月で中断し69年3月再開」と完成までには紆余曲折あったようだ。中断の理由としては、「60年安保の実写フィルムのインサート」や「機動隊」をイメージさせる隊列の登場が「会社側をびくつかせた?」(竹中労)という推測もあるが真偽不明。いずれにせよ難産の末の完成。
 本作で印象深いのは、登場人物の視点や時間経過を基準にしたモノクロと着色とカラーをシーンごとに選択した画像処理。現実世界は黒白、男(吉岡)の回想はグリーン、女(ミツ)の回想はセピア、ラストのイルージョンはカラー。グリーン・セピアの選択は「暖色でも寒色でもない中間色」とした。(本作が第1作目の撮影監督 安藤庄平の証言)これはまさに絶妙で、吉岡にとってもミツにとっても良い悪い、楽しい悲しいと一元的に言えない思い出。「私(吉岡)が女(ミツ)を棄てた」という行為自体は事実だが、少なくとも当事者にとってはどちらがどうということではない。あえて何かを棄てなければならないことは誰にでもあるのだ、という監督のメッセージと捉える。ただ不思議に思ったのは、ラスト吉岡の戦闘に巻き込まれる夢想と政略結婚により結ばれたマリ子(浅丘ルリ子)との将来の結婚生活のシーンが同じカラーだったこと。戦場シーンは本来「背景をグレーにし、人物だげをカラーを考えたが、予算的に断念」(安藤庄平)したためと聞き納得。
 ミツ役の小林トシエは新人の大抜擢。ミツは「タテよりもヨコに長いような肉体を持った女で、動かし難い実在感を持っている」「他の女をダブらせることも、さらに抽象的なイメージを重ね合わせることは可能だ。」(長部日出雄)との指摘は秀逸。東京の普通の家庭に育ちまだ演技経験も未熟な中で、「貧乏」「田舎出身」「女工」という実生活とはかけ離れた役柄を演ずるにあたり、桐山監督はしごきにしごいた、という。後ろ向きでただ歩くだけのシーンだが、サマにならない。監督は「バカやろー、それでいいのか」と見物人やスタッフの前で怒鳴りつける。何度も何度も繰り返す。そして情けなく、惨めに見えるまで待った、と。その甲斐?あってか、私たちの目の前にいるのはまさにミツその人である。
 河原崎長一郎はいつもの人の良い善人役から一転、悪の垣間見える役だが、「誰にも棄てたい、棄てなければならないものがある」という本作のテーマに沿った配役とも言える。それには善人も悪人もないのだから。1960年代の大学進学率はまだ20%に満たない時代。(女子は1970年で6.5%)当時の観客のほとんどは、吉岡よりもミツにより親近感を得たであろう。その吉岡とて、学生運動とは一線を画した肉体労働のバイトをする苦学生で、歌声喫茶や流行のドドンパ!を踊る学生たちとは馴染めないミツに近い存在。なので、ブルーカラーのはっちゃん(加藤武)ともラストで示される通りなんとなく気が合いそうだ。眼光の演技がものを言う。
 吉岡の妻マリ子の浅丘ルリ子は、なかなかチャレンジングな役。吉岡との距離の詰め方の感覚が掴めぬままラストに向かうが、「棄てる」覚悟ができた最後の表情など、この方にそのような表現のバリエーションがあったのかと見紛うほど。監督も絶賛している。結婚前は凪の穏やかさのようでどこか寂しげに「浜辺の歌」を歌うのが彼女の心象風景。覚悟の後はオペラ「カルメン」でドン・ホセを籠絡しようと企むカルメンが歌うハミングで豹変を宣言する。「能面」(まり子の実家三浦家の象徴。吉岡は譲渡を拒否したがマリ子が持ってきたのだ!)に吉岡は支配されるのは明白。
 ミツの犠牲によって吉岡夫妻が「棄て去る」ことができた、という点にフォーカスすると後味の悪い余韻が残るのは否めない。それほど観客は小林トシエ演じるミツに魅せられているからでもある。
 公開の1969年に日活は撮影所と本社ビルを売却、2年後に漢字の「日活」は終焉を迎える。前年の1968年には同じ日活の鈴木清順監督が突然解雇される事件もあった。実験的な本作がお蔵入りせず時間はかかったが公開されたのは幸甚の至り。視覚的な表現の追求(色味が変わる際の「もや」がかった白も効果的。ミツのラスト、ハイスピード撮影によるスローモーションも。)、キャストの充実、弛緩ない脚本、全てが揃った満を持す甲斐のあった会心作。
(星4.5)

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