『虎の尾を踏む男達』

4.5
虎の尾を踏む男達 日本映画
画像はイメージ

制約が原動力か? ニューキャラ設定 エノケン大活躍!黒澤版『勧進帳』

 「黒澤明監督が歌舞伎「勧進帳」をミュージカル風に仕立てた時代劇。源頼朝から逃れるべく、義経と弁慶らは山伏に扮して奥州平泉へ向かう。しかし、途中の関所で関守の富樫左衛門が義経一行を待ち構えていると、麓の村で雇ったにぎやかな強力から知らされる。弁慶の策で、義経に強力姿をさせて関所を抜けようと試みるが…。」(U-NEXT HP)
 1945年東宝 監督 黒澤明
 終戦前の太平洋戦争中に制作されたが、GHQによるいわゆる「チャンバラ禁止令」に抵触となり実際の公開は1952年。
 話の進行は歌舞伎の「勧進帳」とほぼ同じ。しかし冒頭の「旅の衣は篠懸の〜」ではじまる有名な長唄は男声コーラスのまさに「ミュージカル風」で、和装の義経主従のBGMとしては全く不思議なテイスト。そうしたアレンジが散りばめられている。
 歌舞伎との大きな相違点は、登場人物の新設、「強力(ごうりき=荷物を背負って運ぶ案内人)」が加わったこと。これもその「アレンジ」の一環。演じるは当時大人気の喜劇役者 エノケン=榎本健一。
 この強力、最初この一行が何者か知らないが、噂の一団と合点してしまう。知ってしまった以上「一肌脱いで」安宅の関を通り抜ける手助けをいたしましょう、となるのだが、この過程は、まさにこの話(勧進帳)を知らない観客目線で進行するので、強力が初心者向け解説者の役割も担い、安宅の関、義経・弁慶・冨樫・頼朝・梶原景時といった人物の関係性もまとめて理解できる趣向。愛されキャラでもあり(冨樫がハマるのはいかにも)まさに狂言回しの役割。本作の敷居を一段低くすることに貢献。
 そして弁慶は大河内傳次郎。弁慶が実在していたらこんな感じかと思わせる風貌の説得力。万人が思い描く弁慶像を見事に体現。加えて独特の抑揚のついたいつもの口調が本作では全く違和感なし、と唯一無二感。勧進帳を読み上げる場からいわゆる冨樫との山伏問答の場、安宅を去り大杯を重ねる場などでは特に奏効、お見事。
 その冨樫は藤田進。黒澤監督の『姿三四郎』で大スターの仲間入りを果たした直後。技巧派の演技者という人ではないが、この山伏問答の場などでの、望洋な面持ちから覚醒して弁慶と丁々発止やり合う姿はなかなか見応えあり。メリハリがしっかりつくので、その後の武士の情けもさもありなん、となるのである。
 本作では黒澤明の画家としての才覚も垣間見ることができる。冒頭の木漏れ日が差し込む中での山道の行進はこの後の黒澤作品『羅生門』を彷彿させる。また、安宅の関の場での、強力、弁慶、冨樫、梶原の使者を横列に配し、奥に冨樫の家紋入りの幕、その奥に枝ぶりの良い杉木立に雪山の構図は調和の取れた安定感を創出させるが、その場で行われる冨樫の裁定、武士の情けをより一層バランスが取れた判断に見せるためのしつらえのよう。
 そしてラスト、たなびくちぎれ雲、ひとり取り残された強力が丘の上から手をかざし遠くを見やり、歌舞伎の弁慶の代わりに六方を踏みながら斜め手前に退場。もちろんエノケンなのでよろけながら七転八倒して、となるのだが、この画角の雲、人物、丘草の配置もまた素晴らしい。モノクロだけに夕日を光源とした影絵のような少々物悲しい趣もあり。やはり勧進帳、最後の飛び六方がないと締まらないが、あえて強力で、という変化球。黒澤明の歌舞伎に対する造詣の深さにほとほと感じ入る。
 森 雅之、志村 喬など後の黒澤作品を支える常連から、昭和20年代までの黒澤組を支えた、河野秋武、小杉義男、ヌーボーとした横尾泥海男など出場は少ないが実力者、個性派のアンサンブルの勝利でもある。後の岩井半四郎による義経の浮世離れ感も申し分なし。眼光鋭い梶原の使者(久松保夫)は、望洋な富樫とのコントラストで魅せる。
 戦時中の製作、ほとんどセットで場面転換も少なく装置も比較的シンプルなのはそうせざるを得なかったためと思われるが、そうした種々の制約の中で最善を尽くした、というレベルは明らかに凌駕する作品である。タイトルも秀逸。
(星4.5)

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