『嵐を呼ぶ男』

映画 嵐を呼ぶ男 日本映画
画像がイメージ

スターダムを駆け上がる、恰幅良くなる前のシャープな石原裕次郎
演技開眼への途上期 芝居はリズムとメロディとハーモニーの融合と体得す

 鎌倉方面から海沿いに車を走らせトンネルを抜けると、右手に逗子海岸の穏やかな海が広かる。しばらく走ると左手に有料道路の名残の駐車場。その崖の上にかつての石原慎太郎邸。そのまま進んで葉山方面に向かう途中の海沿いに、慎太郎・裕次郎兄弟が少年・青年時代を過ごした邸宅があったという。道路の向こうはすぐに傾斜の厳しい山。平地が少なく今でも家は多くない場所。近隣の鎌倉や葉山の海と違い常に凪のような内海、住まう人々の気質も風土に由来すると言うが、海と山に囲まれたのどかな土地に育った兄弟が、その後全く別のキャリアでこの穏やかな海からは全く想像できない激動の人生を共に歩むことになろうとは。
 1957年日活 監督 井上梅次
「流しの若者がトップドラマーにのし上がっていく娯楽大作。」(日活HP)
(諸説あるが)身長182cm股下90cmの、現在の基準から見ても手足の長いスラリとした体躯から繰り出されるスピーディーなアクションは、これまでの日本人俳優になかったと言われる石原裕次郎、デビュー初期の本作では、まだ演技・セリフともぎこちない。がそれが逆に大人に反抗する鬱屈した若者像を体現しているようにも見え、結果的にさまになってるのも裕次郎が持って生まれた素質。ドラム演奏&歌唱になると俄然生気を取り戻したようなパワーが漲る。音楽的感度の高さも生来のもの。映画出演を重ねるうち、自然な会話の「リズム」を掴み、裕次郎としての個性が磨かれていく。
 戦後復活して3年程度の日活、ニューフェイスの若者を次々に主役に抜擢するスターシステムが確立され始めた時期。スタッフも他の映画会社よりも若い人が多かったと聞く。監督の井上梅次も当時30代。オープニングの「日活スコープ」の文字からも、また画面全体から今観ても圧倒されるような漲る熱気を感じる。
 流しの喧嘩っぱやいドラマー国分(裕次郎)を慕うマネージャー役の北原三枝は、立ち姿が美しいナイーヴなクールビューティー。演技的に不安定な裕次郎をしっかり受け止め、見せ場を取り持つ。今回のような一見冷徹でうちに熱いものを秘めた役はピッタリだ。野に咲く花のような芦川いづみ、SKDの養成所出身の白木マリのダンスはアップテンポのリズムにしっかり喰らいつく。敵役の笈田敏夫が程よいアクの強さでリアルイヤミないい味。ボクサー上がりのチンピラ、高品格は「七人の侍」の宮口精二のように一見怖そうに見えない凄みがある。
 不気味なフランケン安部徹、二枚目からの過渡期「爬虫類」金子信雄の個性も作品全体を構築する上での重要な役回り。鉄格子の柵をドラムに見立てて叩くシーンのカメオ出演フランキー堺はいきなり引っ張り出された感。
 国分がトップドラマーにのし上がっていくように裕次郎もこの頃から映画界のスターダムにのし上がっていく。それにしてもこの石原裕次郎、演技はともかく歌がとてつもなく上手い。幼少期から苦労知らずで育ったはずなのにあの若さでなぜか憂いのある歌声、ただただ聴き惚れるのみ。恐らく歌唱部分はアフレコ。芝居の部分との息遣いの違いは少々気になるが、それを差し引いても劇中のドラム合戦で「おいらはドラマー〜」と歌い出したとき、ゾクっときたのは事実。ギャップ萌えだ。歌のうまさは終生変わらなかったが、芝居の「質」も若い頃の多少の青臭さを残しつつも経験を経るごとに磨かれていった。その過程で裕次郎は「歌の延長線上に演技がある→歌うように演じる」呼吸を体得し演技者として開眼したのではないか。自分にとっての演技はリズムとメロディとハーモニーの集合体であると。ここには恰幅良くなる前のシャープな裕次郎が保存されている。
 (星3.5)

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