ファウスト天知茂は新境地、メフィスト沼田曜一の代表作
新東宝終末期の狂宴で魅せた、実は文学青年 中川信夫の真骨頂
1960年新東宝 監督 中川信夫
「大学生の清水四郎(天知茂)は悪魔的な友人・田村(沼田曜一)に導かれるようにして罪を重ね、やがて因果応報から地獄へ落ちることになる。仏教における地獄のイメージにゲーテの「ファウスト」やダンテの「神曲」の意匠を絡め、人間の業と魂の救済を描いた中川渾身の力作。中川の新東宝怪奇路線の掉尾を飾る作品ともなった。」(国立劇場アーカイブHP)
新東宝はこの映画公開の翌年倒産。この頃はスタッフへの賃金遅配も常態化し、予算も削られていたという。ダンテの「神曲」の日本版をやりたいと常々話していたという中川監督は、それを念頭に置きつつ、その辺オブラートに包んで「極楽」「地獄」を舞台にした娯楽作として企画を通し映画化にこぎつけたようだ。でも実際に描いているのはほとんど地獄。場面変換ごとに聞こえてくるのは「ご詠歌」と、全編通して仏教の世界観。
しかしながら観念的な物語にシフトすることなく、ビジュアル的にインパクトのある画が連綿と続く、全く弛緩のない映画に仕上げたのは中川信夫監督の手腕。おそらくセットの制約があったためと思われるが、全般として閉ざされた空間で暗めのライトで少人数で展開する密室劇の形相。それがより緊張感を増す結果に。ひとつひとつのシーンが蒸気機関車、番傘など絵力のあるモチーフを巧みに活用し印象的。天井から長屋の隣の部屋を順に俯瞰するショット、吊り橋で登場人物の頭上から逆立ちするように追うカメラなど、映像的にも斬新さのオンパレードで飽きさせない。
天知茂は珍しく罪の意識に苛まれるちょっと冴えない気の弱い大学生役だが、その隠しようにも隠しきれない生来の虚無感が見事映える。白眉は沼田曜一。監督からメフィストフェレスの要領で、と言われたそう。天地ファウストの裏腹で、と。やりすぎると白けてしまいかねない役柄を、適宜抑制を掛け柔軟に時に大胆に、「神曲」の地獄の案内人ウェルギリウス、破滅へ導くメフィストフェレスの両面を併せ持つ神出鬼没で悪魔的な不気味さで演じ切った。生涯の代表作では? (後年のインタビューでは役柄に対する理解が浅かったのが悔やまれるとおっしゃていたが、ご謙遜。)天地の恋人、妹の二役三ツ矢歌子は清楚な可愛らしい娘役を好演。ヴァンプ系の女優が多い新東宝にとっては貴重な清純派。
養老院の宴会の場面で次々繰り出されるねじり鉢巻で裾まくって民謡を歌いながら踊り狂うシーンは結構長く続くが、これまさに土着的な狂乱の宴。アドリブだったようだ。(2号さん役の山下明子は中々カットがかからないので咄嗟に「弁天小僧」の見得を切って締めた、とご本人の証言)俳優の底力。後半の地獄の場では、これでもかこれでもかと繰り返される責苦の数々、装置もよくぞ作ったりだが(美術は名コンビ黒沢治安)、パーツひとつひとつを凝らすよりも照明を駆使した抽象的な世界観で見せる感じで不気味さは増幅。地獄の場面は演じていて本当に苦しかったという演者の証言もあるが、全般を通して皆さん乗っている感じで芝居を楽しんでるのが伝わってくる。最後の「天国」は救い。監督の優しい人柄の証左。
(星4.0)

