『からっ風野郎』

映画 からっ風野郎 日本映画
写真はイメージ

なんと東大の同級生、主演三島由紀夫 監督増村保造による意欲作
総料理長、増村シェフの華麗なる手さばきとチームプレイ

 1960年大映 監督 増村保造
「文壇の寵児・三島由紀夫が、裸の胸に皮ジャンを羽織ったクールなヤクザに扮し初映画主演を果たした話題作。出所したばかりの朝比奈一家二代目親分・武夫は、ひょんなことから知り合った映画館のモギリ・芳江の一途な純粋さに触れ、ヤクザ稼業の空虚さを知る。が、非情な殺し屋の銃弾が彼の間近に迫っていた…。」(KADOKAWA HP)
 言わずと知れた作家三島由紀夫主演。映画出演は三島たっての希望、企画はお任せだったようだが、監督に関しては自身の東京大学法学部時代の同級生、増村保造監督をご指名。当初は競馬界の内幕を暴露する内容で企画を進めたが(後の梶山季之原作ものに繋がる企画か?)、会社がNG。やむを得ず三島がヤクザに扮する娯楽色の強い映画に仕立てた、という。自身の原作も数々映画化されていた時期だが、自分の小説の映画化で主人公、という選択でないところがシャイな三島らしい。
 三島はいわゆる文士劇への出演経験はあるが、商業映画での本格的な演技はこれが初めて。プロではないのでもちろんぎこちなさは否めないが、周りの演技巧者(船越英二、志村喬、若尾文子ら)による主役を自然にフォローする受けの芝居に助けられた。ヤクザなので暴力的なシーンが多いが、三島由紀夫、素の気持ちの優しさが滲み出てしまい、「凄み」があまりない。だがそれが返ってこの主人公の心象、ヤクザを続けるべきかの戸惑い、の部分にリンクしてさほど違和感はない。もちろん、ライトは落とし気味、難しい演技や表情が求められそうなときは相手の方をクローズアップしたりと、演出、カメラ、照明それぞれがしっかり配慮している。あまり脈絡なく上半身裸になるシーンが多いが、「ボディビル」の成果を誇示したかった三島からの要望かと。この作品に手応え?を感じてか、その後三島は自身の原作小説を脚色、監督、主演までをもこなす短編映画『憂国』(1966年)を製作するに至る。
 三島の恋人は若尾文子。増村保造が表現したい女性像を最もリアルに体現できる女優であるということが本作でもわかる。苦境にめげず自分の意思を曲げない、増村が最も嫌った男の理不尽に抵抗せず耐え忍ぶ女の対局にいる芯の強い女性。増村保造は、性格の中に潜む「火」が鮮烈に火花と閃光を散らす瞬間が感動を呼ぶ、と書いているが、(「わたしの女優論」)まさにこのでの若尾文子は、ほぼ素人の三島相手に幾度となく火花と閃光が放たれているのは、さすが。(特に後半の喫茶店2階に隠れ、結婚を「迫る」シーンは唯一無二の絶品の演技。)三島の元情夫のクラブ歌手は水谷良重(現八重子)。「わたしの女優論」によると、当時の水谷良重を「火花」を散らすポテンシャルがあると評価していた。確かに演技は荒削りだが、歌唱シーンはなかなか扇情的で一瞬の閃きがある。(ただ本作では長続きしない。)
 増村監督は東京大学法学部(!)卒業後大映入社、その後東大文学部に学士入学し、イタリア国立映画実験センターに留学。当時の文学や映画の潮流であったイタリア・ネオレアリズモの洗礼を受け、当館に保存されていた創成期からの100本を超える全世界の映画を観、映画史を体系的に学び帰国。
 そうしたこれまで学んだ映画理論が頭をもたげ過ぎることなく、増村イズムを構築しつつ生涯エンターテイメントに徹し続けた。その成果が本作でも垣間見える。
(星3.5)

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