”助走期”清水宏監督作品 無声映画の「無」をいかに補完するか?
1933年松竹蒲田 監督 清水宏
「横浜随一のモダンボーイとも称された北林透馬の同名小説の映画化。外国人居留地の女学校に通う砂子(及川)とドラ(井上)は親友同士。砂子は思い焦がれていた青年ヘンリー(江川)と交際することになるが、移り気なヘンリーは耀子(沢[蘭子])という女性とも深い仲に。嫉妬に駆られた砂子がとった行動は…。名匠・清水宏が港町横浜の瀟洒なムードを漂わせながら、巧みな演出手腕で描いたメロドラマ。」(国立映画アーカイブHP)
本作はサイレント映画。日本映画なので「無声映画」の方がしっくりくる。ただタイトルは翻訳調で、キャスティングも洋風な味付け。井上雪子と江川宇礼雄はそれぞれオランダとドイツのハーフで江川はハマの不良あがりと謳われ本作のプレイボーイ役はぴったり。及川道子は後半のコスチュームは日本調だが目鼻立ちがはっきりしてバタくさい、砂子の恋人戦前の小津の常連 齋藤達雄は長身で彫りの深い顔相で、横浜を舞台に異国情緒が最大限に発揮できる条件は揃った。
そうしたビジュアルは「人物の心理描写を重視せず」「空間に置かれた人物を感じさせる表現法」(『映画読本清水宏』)を重視する当時の清水監督には非常に重要な要素。2組の恋愛模様、その心の動きを映像で表現するというより、その状況を象徴的な画面構成で提示する感じだ。(白亜のチャペル、白壁に映る格子状の影、横浜山手の並木と丘、波止場の出帆と残るテープの残骸、雨が打ちつけるバルコニーetcの中に役者を配置する。)
そうした映像表現は当時の日本映画界で流行したというドイツ表現主義の影響を受けた実験的な手法とも言えるが、「影響を受けた作品からの影響」といった感じか。とは言え、とっつきにくさはあまりなく、そうした表現の選択が的確で、かつ生来の役者の演技力が大いに貢献している。(特に及川・齋藤のシーンに顕著)無声映画なので、もちろんセリフは聴こえず字幕のみ。その音の部分を映像でいかに補完するか、そのひとつのアプローチが表現主義的な映像表現であったのだろう。「無声」という条件下で腐心する映画人の姿が垣間見える。
1924年に監督第1作、本作で87本目!の映画となる清水宏監督にとって名作『按摩と女』『ありがたうさん』『簪』『みかへりの塔』へと繋がる助走期。
線の細い及川道子はこの5年後に当時は不治の病と言われた結核で亡くなり、井上雪子はこの3年後に引退するも今世紀に入って60数年ぶりに映画出演し話題となった。
(星3.0)

