颯爽と登場「鬼才」岡本喜八のデビュー戦、「俺らならばこう撮る」
1958年東宝 監督 岡本喜八
「岡本喜八の初監督作。進歩的な考えの主人公が自身の経験や姉夫婦の姿を通して見合いを決意するまでをリズミカルに描く。」(U-NEXT HP)
以下岡本監督の回想。当時の東宝の助監督は47名(忠臣蔵になぞらえて「四十七士」と呼ばれた)いたが監督昇進は数年出ず、そこへ降ってわいた、新進の人気作家、芥川賞を取ったばかりの石原慎太郎を監督に迎えての自作の映画化。これに助監督側が反発、バーターとしてシナリオをコンペして優秀作を書いた助監督を昇進させることに。その時書いた「独立愚連隊」が認められ監督昇進、昇進第1作は無難にプロ脚本家(白坂依志夫)の作品で、となった。助監督修行10数年、成瀬巳喜男、マキノ雅弘ら巨匠につき、撮影の傍ら「俺らならばこう撮る」と常に考えていたという。(『鈍行列車キハ60』)
まさに満を持しての第1作。岡本監督が好んだマッチカットを多用したスムースな展開は本作からも垣間見え、喜八イズムの萌芽が見て取れる。
恋愛結婚を夢見る若い娘(雪村いづみ)が現実を知る話で、現代の視点から見ると何?という感じの部分もあるが、早口で捲し立てる雪村いづみは、まさにそうしたスピーディな展開に貢献。喜八×いづみ ジャズのフィーリングのシンクロ? 姉(新珠三千代)に恋焦がれる雑誌編集者 三橋達也は、『風船』や『洲崎パラダイス赤信号』のようなダメ男ではないが、「耳元で恋を囁く」役はこの時期のハマり役。(相手は全て新珠三千代というのも凄い。「釣り合い」がとても良い。)また、この後の岡本組の常連佐藤允、中丸忠雄ほかが「カメオ出演」のように姿を見せるのは一興。実際は新人としての扱いということであろうが。三船敏郎はノンクレジットの本当のカメオ出演。
オープニングの小林桂樹のナレーションによる当世男女の風俗描写から、バスの車内→タクシーの中の雪村いづみ、とテンポよく話は流れ、作品世界に引き込ませる監督の手腕は見事。ただ「お仕着せ」の脚本ということか、ストーリーに起伏はなく些か単調、後年の喜八的なハラハラドキドキ感は無い。しかしながら新珠三千代の台詞「胸の呼び鈴」なんてフレーズはこの人から発せされるとなんとも艶かしいように、言葉選びは慎重かつ繊細。
「俺だったらこう撮る」の実践第1弾で「どう見せるか」にこだわった足跡は随所に窺える。義兄上原謙の不思議な訛りのある大学の先生、冷たい2枚目役がよく似合う山田真二、すでに洒脱な印象の末恐ろしい仲代達矢、大学生カップルの加藤春哉・柳川慶子、アプレがキマる団玲子など、個性的なキャラ設定に役者の持ち味をうまく引き寄せたのも功績。
新人監督を盛り上げるべく豪華なキャスティング。そうした会社の期待に応え「鬼才」(当時の東宝のキャッチコピー)のデビュー戦は完投勝利に終わる。
(星3.5)
