“俳優”アイ・ジョージの残影、高倉健「第1幕」の終演
アイ・ジョージが亡くなった。1960年代のラテン音楽ブームを牽引し一時代を築いた歌手。ラテンではないがヒット曲「硝子のジョニー」や「赤いグラス」は歌い上げる系のカラオケ好きなお父さんの定番曲でとして今まで歌い継がれて来た。母親はスペイン系フィリピン人の日比ハーフのエキゾティックな顔立ち、かつバリトンの美声の持ち主ときたら、映画界はほっておかない。出演作は1960年代を中心にいくつかある。
ちなみにYoutubeには歌手アイ・ジョージのまさに本領発揮、紅白歌合戦の「ククルクク・パロマ」(「バナナボート」のハリー・ベラフォンテでヒットした曲のカバー)が上がっているので機会がありましたら是非ご視聴を。
アイ・ジョージの第一印象、思ったより小さい。。ソロ歌手の時は周りに比較対象がいないことが多い(バンドは後方だし)が、本作はいわゆる集団抗争劇のため、常に近くに仲間がいる環境。周りの役者さんたちの背が高いのか、並ぶと一段窪みができる感じ。(ほとんどのシーンは手前奥の立ち位置でうまくカバーされているが。)ただ本作ではヤクザなれど凄みがあるというより少しおどけたりする若干軽薄な側面のある役を与えらているため、本職の俳優に混じっても遜色ない。
1965年東映。監督 石井輝男。脚本は笠原和夫、深作欣二、石井輝男の共作。元は深作企画で石井監督に流れてきたようだ。主演は高倉健、鶴田浩二から天知茂、長門裕之、曾我廼家明蝶(絶品!)、三田佳子、佐久間良子、藤純子(犯罪じゃね?くらい初々しすぎるホステス役!)等々とオールスターキャスト。リズミカルなスピーディな展開、話に無駄がないのは「ギャング」シリーズ同様。気乗りしない企画だったと後年証言されているが、さすが石井輝男。
高倉健は赤いベストがトレードマークの現代風ヤクザ。口笛吹いて登場したりウインクしたり、ちょっとキザな役があの高倉健かと見紛うほどだがハマり役。鶴田は義理人情の任侠道にどっぷり浸かった古いヤクザでこれもどハマり。信頼の置けない組長に鶴田はそれは違うと思いながら従うが、高倉健には理解できない。この二人の兄弟分の関係を軸にその絆と反発と悲劇を描く。
アイ・ジョージに話を戻すと彼も高倉健同様、鶴田の舎弟分。ただこの舎弟たちは他にも、江原真二郎、待田京介、曽根晴美と一癖も二癖もある役者たち。そうした個性派に囲まれてしまうと役者本業で無い分少々分が悪い。しかしながら、抗争の末、仲間を裏切った江原真二郎をすりガラス越しに仕留める印象的なシーンが用意されていて役得。死に際のメイクはちょっと行き過ぎた感じで、これもデフォルメ好きな監督の嗜好か。
最後は「落とし前」のため対立する関東・関西の親分衆の前で鶴田が高倉健を撃つのだが、その愁嘆場でラストとならず、カメラはどんどん俯瞰していき、パトカーが集結せんとするところまで見せる。音楽もそれまでの村田英雄の「人生劇場」のような浪曲風日本的旋律(現代的な高倉健が鶴田の気持ちを理解した刹那に流れる)からジャージーなBGM(八木正夫音楽)の方に切り替わって、THE END(完)となる。
石井監督はこの後高倉健主演の「網走番外地」に取り掛かるが、その「健さん」のイメージは後年に通じるもの。無口で「不器用ですから」の「健さん」。本作のような細身のスーツを着こなしたギャングものからは一線を画すことになる。そうした意味で「パトカー」で「完」(終にあらず)は象徴的か。鶴田の弟分キャラで軽妙でくだけた高倉健もこれで見納め。(星4.0)

